
人生2度目の売上が無くなってしまったコロナ禍について振り返ってみたいと思います。
今となっては何事も無かったかのように生活が戻った感じがしますが、あの時は異常とも言える同調圧力を体験したわけです。
戦中も同様のことが行われたと想像しますが、60年経っても人間というのは基本的には変わっていなかったんだと改めて感じたわけです。
当時は情報も乏しかった状況でしたが、情報に困らない現代でも同様であったということが人間が進歩していなかったということの表れでもあり、これをしっかり教訓にした方が良いんじゃないかと思っています。
当時、ダイヤモンドプリンセス号が横浜港に入港し、ここを皮切りに日本中がパニックになっていきました。
未知のものに対し、どうしたら良いのかと日本中が右往左往していたわけですが、ビジネスもしていかなければならずどうしたもんかと悩んだものです。
大方の予想は、春には収まって通常に戻るだろうと思っていたわけですが、直感ではどうもそんな感じがしない。
スタッフではどうしたら良いか判断ができず、ここで決断を下します。
2月の時点で世の中が止まることを想定し繁忙期へ向けての発注を全てキャンセルさせます。
ある意味ビジネス放棄なわけですが、ここは自分の感を信じようと。
4月に初めての緊急事態宣言が出されるわけですが、見事に売れなくなりました。
当然ですよね、人が出歩かないんですから。
キャンセルしたものの倉庫には行き場を失った山のような在庫が残りました。
緊急事態宣言を解除しても当然世の中の騒ぎは収まらず売れることはありませんでした。
売上がなくても仕入れの支払いや給料は払わなければならず、どんどん資金がなくなっていきます。
支援があっただろって言う人がいるかもしれませんが、そんなのはかなり後になってからの話であって、本当に支援があるのかすら分からない状況では経営者からすると恐怖でしかなかったです。
途方に暮れている所に追い討ちをかけたのが、『不要普及の外出を避けろ』と言うあのフレーズでした。
役人の方々やメディアでは何気なく毎日流したわけですが、不要に分類された業種で働いている者からすればたまったもんではありません。
漠然と『自分は不要なんだなぁ…。』と考えてしまい、やり場の無い怒りが膨れ上がっていきます。
専門家の方々も一生懸命にやってはいたんでしょうけど、だからって納得なんか出来るわけはありません。
そもそもゼロコロナなんて初めから不可能だと思っていました。
中国の春節で多くの中国の方を始め海外からの人流がありました。
その時既に日本にも入っていてかなり蔓延している気がしていました。
見えないウィルスなのに、どうしてダイヤモンドプリンセス号の時が初めてだと言い切れるのか疑問でならなかった。
まぁ、そんなこと言えなかったんでしょうけど…。
ある日、プツッと何かが切れヘソが曲がっていきます。
支援も無しにただただ我慢させられ、ビジネス的な『死(倒産)』を待たされる事がどれだけ辛いか。
支援もしてくれないのであれば従う気にもなれませんでした。
緊急事態宣言が解除され動き出すだろうと世の中が思っている中、僕は同じことを今後も繰り返すだろうと予測し、最低限の稼働に落としたスタンスを貫きました。
余った商品をなんとかしようとガレージセールなんてものが流行り、初めの1・2回は当社も助けて頂きましたがそれ以降は行いませんでした。
世の中に惑わされることなく発注を絞り、余りものを極力減らす努力をしていました。
同業他社が発注を出す中、当社だけは発注を抑え耐えていました。
何度もミスを繰り返し、その度お客様に助けを乞うという情けない会社にはしたくなかった。
失敗から学び、変わる努力をした上でそれでも起こるミスに対しては仕方がありませんが、そうではない世の中の状況にただただ呆れたのを覚えています。 2025年10月25日更新
ワクチンさえできれば…。
そんな期待を世の中がもっていたわけですが、へそ曲がりの僕はここに関しても懐疑的でした。
ワクチンを打ったとしてもなんとなく騒ぎは収まらない気がする。
基礎疾患を持つ方や高齢者については理解できますが、健康な方や若い方は打たなくてもいいのではないかと。
基本的にワクチンは重症化を抑えるためのものであって、感染予防効果があまり期待できないのはインフルワクチンでも分かっていることです。
現実に9割の方が接種したわけですが収まるどころか感染は広がっていったわけです。
ちなみに僕は1度も接種していません。
当時はお医者さんに怒られ、死ぬぞ!って脅されもしました。
看護師さんからは社長さんなのにそんなので大丈夫ですか?とも。
どういう意味かなぁって考えましたが、会社はすでに売上が無くなり大丈夫ではなかったし、ある意味開き直ってしまっていたので、大丈夫かどうかは分かりませんね〜。って言ってはぐらかしました。
世の中の多くは致死率1%以下のウィルスで死ぬことを恐れよく分からないワクチンを接種したわけですが、僕は99%大丈夫だという方の可能性に賭け接種をしなかったわけです。
周囲からは散々バカにされ社会不適合のレッテルを見事に貼られましたけど…。
今になって、打たなくて正解だったねぇなんて言われたりしますが、色んなことが分かった状況で判断するなんてのは誰でもできる訳で、誰も分からない状況で周りからは白い目で見られても正しいと思う判断ができるかどうかが大切だと実感しました。
特に経営者にはこの要素が大切な気がしています。
社員には気の毒なことをしたと思っています。
こんな社長ですから同様に白い目で見られたでしょうし、将来の不安も感じたはずです。
周りと一緒の行動であればある種の安心感は得られたかもしれません。
観光業自体が非常にネガティブな中、僕は観光の魅力を再認識し社員には伝えていました。
こんな状況でバカなんじゃないのって思ったはずです。
ボーナス以外の給料は100%保証したもののいつまで続くか分からない業界。
それでも会社に残ってくれた社員には感謝しかありません。 2025年10月31日更新
その後、少ししてから売上が大きく落ちた企業に対し支援が出て来ました。
そこでも納得いかなかったことがあります。
基本的に収入が多いからってことなのでしょうけど、雇用調整助成金から役員は除外されました。
収入が多いなりに社会保険料や所得税は納めています。
飛び抜けて収入が多いなら別ですが、そこまで多く取れない役員も中小企業には多々いるはず。
多少の売上ダウンなら何も言いませんけど、売上が90%以上もダウンした非常事態で役員が多額の報酬を取れるわけがありません。
平均より多い給料を基準にして欲しいとは思いませんが、人数にカウントされない理由が理解出来ませんでした。
ここでも社会の一員から除外されたわけです。
間接的とはいえ日々不要だとメディアを通じ言われ、支援からも外されればますますヘソが曲がっていきます。笑
常日頃は世の中の制度に従い納税し、高い社会保険料も困った人たちの為・国の運営の為と支払って来ましたが、あの時ほど納税するのがアホらしくなった時はありません。
小さなことかもしれませんけど、そういった疎外感の積み重ねが犯罪行為へと向かわせる事も多々あります。
高所得者が消費を抑制すれば確実に経済は停滞し、巡り巡って低所得者へダメージを与えることになるはずです。
そういう事も分かっているのか疑問でなりませんでした。
どうも日本を見ていると収入が多いことが悪のように感じることがあります。
妬みなのかもしれませんけど…。
収入が多い人が全て楽して稼いでるわけではなく、人がやらないようなことにリスクをとってチャレンジしていたり、他人が休んでいる時に無理をしながら努力していたり、その結果成功することが悪であるならばチャレンジする人がいなくなってしまいます。
やりたくない人はやらなければいいですが、国民全てがやる気を削がれた人達の集まりになってしまえば、国の負担は更に増えるし国に未来なんてありません。
そうならなければいいなと思っていますがどうでしょうかね…。 2025年11月17日更新